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奈良地方裁判所 昭和52年(手ワ)85号 判決 1979年8月10日

原告 麻苧シズ

原告 麻苧雅俊

右両名訴訟代理人弁護士 本家重忠

被告 東運送株式会社

右代表者代表取締役 日下部源治

右訴訟代理人弁護士 辛島宏

主文

一、被告は原告麻苧シズに対し金一二〇万円およびこれに対する昭和五二年一月三一日から完済まで年六分の割合の金員を支払え。

二、被告は原告麻苧雅俊に対し金二八五万円およびこれに対する昭和五二年一月三一日から完済まで年六分の割合の金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文第一ないし第三項と同旨

仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告麻苧シズは別紙目録記載(1)の手形を、同麻苧雅俊は同目録(2)(3)の各手形を、所持している。

(二)  被告は右各手形を振出した。

(三)  仮に被告自身が本件手形を振出したものでないとしても、本件手形はいずれも被告会社の取締役である訴外大上一男が被告会社大慈仙営業所所長の肩書をもって振出人として記名押印して振出したものであり、被告会社は同人に支店である右大慈仙営業所の主任者たるべき名称である営業所長の肩書を付していたのであるから、たとえ同人が本件各手形の振出の権限を有しなかったとしても、商法第四二条第一項により同人は支配人と同一の権限を有するものとみなされるので、同人が振出した本件手形については被告は振出人としての責任がある。

(四)  右(1)(2)の各手形は満期に支払場所に支払のために呈示されたが支払がなかった。また(3)の手形は支払呈示義務が免除されている。

(五)  従って、被告は、原告麻苧シズに対し右(1)の手形金一二〇万円およびこれに対する満期以後の日である昭和五二年一二月三一日から完済まで手形法の年六分の割合の法定利息の、原告麻苧雅俊に対しては右(2)(3)の各手形金合計二八五万円とこれに対する各満期以後の日である昭和五二年一月三一日から完済まで手形法の年六分の割合の法定利息の、各支払義務がある。

二、請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(二)は否認する。本件各手形は被告会社の単なる取締役である訴外大上一男が権限なくして振出したものである。

(三)  同(三)は否認する。被告は訴外大上一男に対し被告会社の大慈仙営業所長の名称を使用することを許諾したことはない。

(四)  同(四)は認める。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告らが本件各手形をそれぞれ所持していることは当事者間に争いがないが、甲第一ないし第三号証の本件各手形の振出人欄には「東運送株式会社大慈仙営業所所長大上一男」という記名と押印がなされており、証人大上一男、同中西勇の各証言および被告代表者日下部源治訊問の結果によって認められるように、右各手形を実際に振出したのは訴外大上一男である。

二、右大上一男は被告会社の取締役ではあるが、代表権を有するものではないから、同人が被告会社の名において振出した手形はただちに被告振出の手形とはいえないし、証人大上一男の証言および被告代表者日下部源治の訊問の結果によっても、右大上が本件手形を被告の名において振出す権限を与えられていたものとも認められない。

三、しかし、証人大上一男の証言および被告代表者日下部源治訊問の結果によると、被告会社は大慈仙営業所においては右大上に一切を任せ、独立採算的に被告会社の業務である貨物自動車運送事業を行わせていたこと、そして同人にその営業所の所長の名称を使用することを許諾していたことが認められ、これに反する証拠はない。

右事実によれば、大慈仙営業所は被告会社の主たる事務所と離れて一定の範囲において対外的に独自の営業活動をなすべき組織を有する従たる事務所というべきであるから、商法第四二条の支店にあたるものと認められ、また、「所長」という名称は右営業所の業務を主宰する首長であることを示すものであり、その営業所の主任者たることを示すべき名称ということができる。

もっとも、被告代表者日下部源治訊問の結果によると、右営業所は、実質は訴外大上一男自身の経営する営業であり、ただ運送業としての許認可の関係上被告会社の営業所の形をとったもののようであり、そのため右大上が独立採算で自主的に運営し、本件手形によって入手した資金も同人が自己の用途に費消したものと思われるが、被告会社としてもこれを営業所として認め、訴外大上も被告会社の取締役の地位にあり、営業用の自動車購入の場合に限定していたとはいえ同人に被告会社の名で手形を振出すことも認めていたということであるから、それはやはり被告会社の営業の独立した一部門として支店の実質を具えていたものというべきである。また、手形行為はその性質上一般に会社が営業に関しなし得べき行為であり、支配人としての権限も行為の客観的性質によって定むべきであるから、たとえ訴外大上が自己の利益のために手形を振出したとしても、相手方において右のような事情を知っていたことを被告会社において立証しない限り、右手形振出行為は被告会社の支店の支配人がなしたものとして被告会社がその責に任ずべきものといわなければならない。そして、本件においては原告らがそれらの事情を知って本件各手形を取得したものと認めるに足る証拠はないから、原告らは善意の相手方と見るべきである。

なお、被告は、原告らが被告の直接の取引の相手方でもなく、訴外大上との直接取引もなく、同人と被告の信用を信頼したわけではないから商法第四二条の責任が被告に生ずる余地はないと主張するが、手形関係においては、手形の所持人は直接振出人に対し手形上の権利者としての地位に立つものであり、代理人の権限を信じて手形を取得した以上その所持人が商法第四二条の適用を受ける取引の相手方にあたるものというべきであるから、本件各手形の受取人である訴外中西勇から本件各手形の裏書譲渡を受けて所持人となった原告らに対しても、被告会社は表見支配人の行為による責任を免れることはできない。

以上の理由により、訴外大上一男は、被告会社の支店の営業の主任者たることを示すべき名称を付した使用人にあたるものと認められるので、商法第四二条第一項によりその支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされ、前記大慈仙営業所の営業に関し一切の裁判外の行為をなす権限を有することになるから、本件各手形についても、同営業所の営業に関し同人が被告会社の代理人として振出したものと見なければならない。従って、被告会社は表見支配人としての訴外大上一男が振出した本件各手形について支払の責任を負うべきである。

四、本件(1)(2)の各手形が各満期の日に支払場所に支払のため呈示されたこと、(3)の手形について支払呈示義務が免除されていることについては当事者間に争がない。

五、以上の事実によれば、被告は原告らに対し各手形金およびそのうち最終の満期の日である昭和五二年一月三一日以降完済までそれぞれ手形法所定の年六分の法定利息の支払義務がある。よって原告らの本訴請求は正当であるから認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋史朗)

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